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井口基史コラム TIP OFF!! ~LOVE THIS GAME~

AmericanSports.jpにてバスケットボールコメンテーター・井口 基史さんのコラムが始まります。

国内外でバスケットボールに携わってきた井口さんの1回目のコラムでは、井口さんのバスケ人生についてお聞きしました。



バスケットボールコメンテーター


井口 基史(イグチ モトフミ)

1979年生まれ

鹿児島県出身

座右の銘「一緒に日本のバスケを熱くしよう」







自己紹介 小学4年生から始めたバスケですが、高校と大学時代に両ひざの前十字靭帯断裂と半月板損傷を経験し、ながくプレーを続ける事はできませんでした。最近Bリーグでも受傷の多い、ACL(前十字靭帯)にはうるさいです 笑。ケガやプレーを続けられない挫折から、バスケに真剣に向き合えない時間も経験し、選手としてではなく、コートの外からバスケに向き合う仕事に出会え、その時々でいまのバスケ界に必要じゃないか?と勝手に自分で解釈した役割に身を置いてきた気がします。



FIBA国際公認代理人 田臥勇太選手が日本人として初めてNBAのコートに立ち、彼がNBAで交渉に困るのでは?次に日本人NBA選手が誕生したらもっと困るはずだ!と勝手に妄想を膨らませ、スイスまでFIBA国際代理人試験を受けに行ったとき、FIBAのスタッフが「プロリーグ未開のアジアからわざわざどうした!?」と笑ってくれたのを覚えています。それまではアジアからわざわざ受験しに来る人がいるわけがないので当然ですね。


プロチームスタッフへ 当時はプロバスケの求人募集どころか、プロバスケ自体が無い時代ですので、バイトをしながら週末の練習に通訳として入り込ませてもらったこともありました。最初に仕事としてバスケに携われたのは、ヘッドコーチの意中の選手や、ゼネラルマネージャーが必要とするポジションの選手のデータや映像集めの役割でした。今では信じられないと思いますが、当時はYouTubeや映像をネットでやり取りすることができない時代ですので、アメリカ時差に合わせて生活し、国際電話で終日やり取り。国際郵便でDVDを送ってもらい選手の映像を確認し、どのアメリカのコーチからの推薦状があるか?が信頼に値するかの一つの基準でした。貧乏スタッフですので、毎月の国際電話料金の請求がどれだけくるのかドキドキしていました。必要とあればDVDでチェックした選手たちをアメリカの1ヵ所に集合してもらい、ワークアウトを開いたこともありましたし、現地についてみたら意中の選手が会場に来ていないことも珍しくはありませんでした。いまはDVDを見るためのプレイヤーを探す方が大変な時代ですかね…笑



ドラフト&トレード もう知らない方も多いと思いますが、かつて日本にあったエクスパンションドラフト(新規参入チーム向け)と新人ドラフト(前年最下位からの指名順とするウェバー方式)の両方を経験し、直接的・間接的に多くの日本人選手と、一人の韓国人選手(アン・ソンス)のドラフト指名を経験しました。アン・ソンス選手は退団後に、韓国の兵役に行かねばならず、兵役赴任前と兵役退任後にお酒に酔って「モトさ~ん(涙)」と泣きながら電話してきてくれたこともありました。

また日本バスケ界では初となる人的トレード(石橋晴行:現在バンビシャス奈良HC)↔(寒竹隼人:現在仙台89ers選手)を行ったこともありました。聞こえはカッコいいのですが、球団の資金難からの苦肉の策でしたので、二人にはいまでも頭があがりません。


地元での挫折 ふるさとの鹿児島でプロバスケチームに発足にチャレンジし、支援者の皆さんのおかげで、1年をかけて想像を超えるスポンサー候補の数を積み上げることができました。ただ最後の最後で地元県協会の承認がいただけず、泣きながらお詫びして回ったこともありました。国内リーグ分裂時代のあおりを真正面から受けた、あまり思い出したくない不義理を経験したのはこの時期でした。署名活動までしてくださった学生たちが、今も育成からBリーグまで、さまざまなカテゴリーでバスケ界に貢献してくれていることがせめてもの救いです。



GMとは チームづくりだけに専念できればいい時代ではありませんでしたので、スポンサー営業に会社の仲間と走り回ったこともありました。東北震災のダメージが残る、岩手県での営業活動は忘れられない経験になりました。津波の影響が残る沿岸地区のホームゲームでは、地元漁協さんのご協力のおかげで、縁起物である、大漁旗を会場装飾に使用させていただきました。そんな多くの方の想いで実現している復興祈念試合ですので、ブザービーターや大逆転がなぜだか多くおき、その後も語り継がれるゲームは一つではありません。そんな特別な雰囲気の試合を経験した選手やコーチたちが、今はBリーグや日本代表に携わるっているのは、その試合で経験した特別な何かをもっているからだと勝手に信じています。


ビッグクラブ 大都市圏と呼ばれるチームを経験しなければ、日本のバスケを熱くできないと思い挑戦したこともありました。当時はまだめずらしかった、上場企業の子会社としての立ち位置や、シーズンを過ごしながら4半期決算をこなしていくスケジュールなど、地域密着とは違う成り立ちから生まれた運営会社を経験できたことは、現在M&Aが進む国内バスケの環境を、早すぎるくらいに知れた機会でした。



メディアの世界へ 最初に携わったドラフト選手たちが全員引退するまでは、毎シーズンオフに起きる移籍やセカンドキャリアに進むお手伝いをしていました。ドラフト指名することの責任の大きさや、選手の人生に関わる事の重大さは、社長退任後のほうが実感することが多かったです。そんな国内バスケの荒波を経験してから、Bリーグ発足のタイミングで、試合中継などメディアとしてバスケに関わる機会をいただき、現在にいたります。


そもそもバスケの解説だけでは食べては行けない世界です。これからたくさん生まれてくるであろう、引退したBリーガーのセカンドキャリアの足掛かりのために、先頭きって開拓しておけば、選手たちの役に立てる機会がいつか来るだろうと、取り組んでいましたが、日本のバスケが熱くなるには、メディアの力が必要だと実感している毎日です。そしていまはメディアの世界にいるおかげで、現場にいた時よりも全国のバスケを愛する仲間と知り合えることができています。


そんな自分が今回は国内外のバスケ環境の比較や、普段SNSで発信している内容などをさらに深堀りする機会をいただきました。もし良かったらお付き合いのほど宜しくお願い致します。


初回はBリーグのバイウィーク期間であり、NBAオールスターブレイクを利用した、

「バイウィークに見る日本人選手スコア」をレポートします!

「写真:筆者提供」





バスケットボールコメンテーター


井口 基史(イグチ モトフミ)

1979年生まれ

鹿児島県出身

座右の銘「一緒に日本のバスケを熱くしよう」






県立鹿児島南高-愛知学泉大-カリフォルニア州立大ベーカーズフィールド校-ベーカーズフィールドカレッジ出身。アメリカ留学後にFIBA国際代理人資格をアジア初の受験取得。国内プロリーグ発足後まもなく資格を返納しチームスタッフへ。富山-滋賀-岩手-大阪でスカウト/通訳/GM/スポンサー営業/球団社長を経験。

現在はユース・プロ・日本代表まで熱量高めのバスケットボール中継で解説を務める。




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